誰もが一度は”手塚作品”を読んだことがありますよね。
個人的に大好きな漫画家なのですが、クリエイターとして、又ビジネスパーソンとして学ぶべき部分も多いはずです。
そこで今回は、数多くの名作を残した天才漫画家「手塚治虫」の言葉をまとめてみました。
日本を代表する一流クリエイターである”手塚治虫”のメッセージから、イノベーターとしての姿勢&考え方を学びましょう!
手塚治虫の略歴
手塚治虫は、1928年に大阪府豊中市で生まれました。
そして兵庫県宝塚市で育ったので、宝塚歌劇団には親しみがあり、それが将来「リボンの騎士」の構想へと繋がっていきます。
1946年に「マアチャンの日記帳」で漫画家デビューしますが、1947年の「新寶島」が大ベストセラーとなり、漫画界に衝撃をもたらします。
1950年にジャングル大帝の連載がスタートしますが、翌年には大阪帝国大学附属医学専門部を卒業します。
1952年に上京し、翌年にはトキワ荘へ入居します。
1961年、奈良県立医大で医学博士号を取得しますが、同年に手塚治虫プロダクション動画部を設立し、様々なテレビ作品をリリースします。
動画アニメの代表作には「鉄腕アトム」「W3」「ジャングル大帝」「リボンの騎士」「どろろ」などがあります。
1973年に名作と言われる「ブラック・ジャック」がスタート。
1989年、入院中の半蔵門病院で逝去(享年60歳)
手塚治虫の名言集まとめ
漫画を描くときにも、小説を読んだり、落語を聞いたりして、聞き好きになることが一番なのだ。
様々な名著を読むことで、話の組み立て方やコツが理解できます。
そのような積み重ねが「漫画を描く時に役立った」と語っています。
僕のペンネームに「虫」がついているのは、オサムシという虫の名を借りたものである。
手塚治虫の本名は「手塚治」なので、本当は「虫」がついていません。
小学生の手塚少年は昆虫マニアだったので、小学5年生の時に「手塚治虫」というペンネームを思いついたそうです。
小さい頃、宝塚の少女歌劇に夢中になったり、天体や昆虫の世界に好奇心を燃やしたりしてましたけど、何と言っても9歳の時に見たディズニーの映画が忘れられませんね。
手塚治虫がディズニーに影響されていたなんて、なんとも意外な事実ですよね。
ディズニーのアニメーションに影響された手塚治虫は、後々「鉄腕アトム」などのテレビアニメーション制作に取り掛かります。
この「鉄腕アトム」がウォルト・ディズニーに褒められたことを、手塚治虫は生涯自慢していたようです。
夢の国を作り上げたウォルト・ディズニーの名言集は下の記事をご覧ください。
医者になれば軍医として時間待遇を受けられるし、強制徴兵も免れるとあって、阪大を受けた。
手塚治虫が医者を目指した動機は不純ですが、医学部に入学できたタイミングで終戦となったそうです。
しかしそれは結果的に「ブラック・ジャック」という名作を生み出すことになります。
ただ一つ、これだけは断じて殺されても翻せない主義がある。
それは「戦争はご免だ」ということだ。
手塚治虫は”戦争反対”を生涯描き続けました。
それと同じく平和をテーマにした漫画が多いのも、「戦争はご免だ」という信念に基づきます。
そういえば、白いライオンというのは、今までになかったぞ。
これは使えるぞ。
手塚治虫は「動物絵本の制作」を頼まれたので、動物園へ出向いて写生して、一晩かかって書き上げました。
しかしライオンを黄色く塗ったつもりが真っ白だったので、出版社でボツにされたそうです。
その絵を3年間寝かせて、昭和25年に描いた漫画が「ジャングル大帝」です。
ヒゲオヤジ。
僕の主人公のナンバーワンだ。
「手塚治虫の絵といえば…」でお馴染みのヒゲオヤジについて語った言葉です。
実は中学生の頃にヒゲオヤジは完成していて、その頃から手塚治虫の作品に出続けていたそうです。
手塚治虫は似たような風貌のキャラクターを、様々な漫画に登場させていますが、一般的な感覚で言えば、同じ風貌のキャラクターを他の漫画に使い回すことはありませんよね。
実はこの”使い回しシステム”を構築したのが「手塚治虫のイノベーション」だと言われています。
僕はチャップリンに憧れた。
チャップリンの帽子や、ステッキが欲しかった。
手塚治虫は喜劇王と呼ばれたチャールズ・チャップリンの大ファンだったそうです。
手塚作品にガニ股スタイルのキャラクターが多い理由は、「チャップリンを真似しているから」ということです。
プロというのは、何もないところから出さなきゃダメだ。
引き出しを開けたら何もなくて、しかし何かを出さないことには締め切りが迫っている。
そこで無から有を生ずるのが、プロですよ。
これは手塚治虫が考える”プロフェッショナル像”です。
まさにイノベーターらしい名言ですよね。
僕の漫画には、昭和の初めからの一種の漫画史の影響が全部あるんですよ。
手塚漫画は昭和の漫画史のカリカチュアライズしたものと言ってもいいと思いますね。
カリカチュアライズとは、人や事物の欠点や弱点などをおもしろおかしく誇張、単純化して、風刺的に表現することです。
先人たちが積み上げてきた作品や技法に対してのリスペクトを伝えた言葉だと思います。