俺も偉そうなことは言えないけど、常識の線だけは、かなりマトモだと思ってるし、「常識人の変な人」というのが、俺の目指すところだ。
昭和を代表するコメディアン「志村けん」が残した名言です。
テレビの中ではふざけた コメディアンでしたが、実はとても礼儀正しい人だと評判でした。
大御所だったにも関わらず、必ず現場には5分前に入り、共演者やスタッフを待たせることはなかったそうです。
そして、たとえ芸能界の後輩だったとしても、最初は必ず敬語で話しかけていたそうです。
仕事において優劣をつけないことが、成功する秘訣だと語っています。
どれだけでっかく考えられるかが、どれだけでっかく成功できるかを左右する。
これはドナルド・トランプの名言です。
トランプと言えばトランプ・オーガナイゼーションのCEO(社長)であり元アメリカ大統領ですよね。
つまり一流のビジネスパーソンなのです。
なんとなくトランプは大風呂敷を広げるようなイメージがありますが、本人は「私は地に足のついた夢想家だ」と語っています。
一般的な夢想家は「夢」ばかり語っていますが、トランプは有言実行してきた人なので、決して口だけのビジネスパーソンではないのです。
選手たちを批判したいなら、まず私を殺してからにしてほしい。
<ジョゼ・モウリーニョ>
ジョゼ・モウリーニョ監督は世界で最も注目されている名将の一人ですが、なんとなくチェルシーの監督というイメージが強いですよね。
モウリーニョ監督はポルトガル出身のサッカー選手でしたが、15歳の頃には選手としての限界を感じて、首都リスボンの体育大学に進学しました。
そして2002年1月にチャンピオンズリーグでの優勝経験もある名門クラブ「ポルト」の監督に就任したのです。
その就任会見でモウリーニョ監督は「来年は優勝してみせる」と宣言したのです。
その結果、2002~03年シーズンに国内リーグ、国内カップ、UEFAカップの三冠を達成しました。
そして翌年の2003~04年シーズンでは、国内リーグ優勝、チャンピオンズリーグ優勝という栄冠を手にしたのです。
徹底して優勝(1位)にこだわった結果、世界中に「ジョゼ・モウリーニョ」という監督の名前が知れ渡りました。
そして2004年6月に、プレミアリーグのチェルシーへ世界最高クラスの年俸の監督として移籍することになったのです。
モウリーニョ監督は、絶対にメディアを通して選手を批判しません。
試合後のインタビューでも、選手を批判することは絶対にありません。
もし何か言いたいことがあれば、マスコミを通してではなく直接伝えるスタンスを貫いているようです。
「選手たちが守られ、落ち着いた気持ちを保てることが一番重要である」という考え方のもと、そのような行動になっているそうです。
黒子哲也:今僕がバスケをやる一番の理由は…、君とこのチームを日本一にしたいからです
火神大我:「したい」じゃねーよ…、日本一にすんだよ!
<黒子哲也&火神大我>
これは大人気コミックス「黒子のバスケ」の名言です。
チームで仕事をする場合、お互いのコンセンサスを一致させなければいけません。
このセリフはチーム運営しているリーダーに心得て欲しい名言だと思います。
人目につかない所で、ひっそりと咲く月見草もある。
日本プロ野球界を代表する名物監督だった野村克也が残した名言です。
「ノムさん」の愛称で親しまれた人物ですが、プロ野球選手の頃は地味な存在だったと自己評価しています。
スター選手だった長嶋茂雄や王貞治と、自分を比較した時、自分のことを「月見草」と表現したのです。
日本プロ野球史上二人目の通算600本塁打という大記録を打ち立てた会見で言った名言ですが、謙虚さというよりは、人それぞれに生き方や個性があることを表現したのだと思います。
この背中の悪一文字にかけて、京都は絶対に焼かせねェ!
<相楽左之助>
映画化もされた大人気漫画「るろうに剣心」の名言です。
主人公である緋村剣心の相方である”相楽左之助”といえば、明治政府に裏切られた悲劇の部隊「赤報隊」の生き残りですよね。
剣心の仲間として活躍している心強いキャラクターですが、その背中には意外なことに「悪」という一文字が刻まれています。
この「悪」という文字を背負っているのには諸説ありますが、有力なのは「赤報隊に着せられた汚名を、自分が引き継いでいる」という説です。
赤報隊は明治政府から「悪者だ!」という汚名を着せられ、ほぼ全員が処刑されました。
しかし、それは赤報隊にとって歪められた真実であり、突き通してきた「誠」を否定されたのと同然なのです。
もしそれを世間が「悪」と呼ぶのであれば、それを背負って生きるという覚悟の証なのでしょう。
「悪」という背中文字には、左之助の信念が込められているのです。
同年同月同日に産まれしことを求めず、ただ同年同月同日に死せんことを願う。
【現代語訳】たとえ生まれた日にちは違っていても、死ぬときは一緒に死にたい。
<劉備、関羽、張飛>
これは三国志演義の中に出てくる3人の名言です。
もちろん「演義」の出来事なのでフィクションなのですが、3人の関係性をよく表していると思います。
僕は口が裂けても「諦めろ」などとは言わない。
これは岡本太郎が残した名言です。
岡本太郎といえば、日本を代表する芸術家ですよね。
何か難しいことを成し遂げたい場合、その過程で人間は必ず失敗します。
そこで諦めるのではなく、別の解決策を探せばいいだけなのです。
何事も続けることが大切だと思います。
まず局地戦で勝って、その後に総力戦でも勝つ。
ソフトバンク創業者「孫正義」の名言です。
これはいわゆる「ランチェスター戦略」について語ったかっこいい言葉ですが、ランチェスター戦略はベンチャー企業が大手企業に勝つ方法を教えてくれる経営戦略なので、気になる人は下の本を読んでみてください。
パンクが出てきて前よりは少しましになったね。
少しはイギリスのロックに貢献したんだ。
でも、もう二度とピストルズのようなバンドは生まれてこないぜ。
<シド・ヴィシャス/セックス・ピストルズ>
カリスマロックバンド「セックス・ピストルズ」のシド・ヴィシャスが残した名言です。
シドチェーンで有名な、ロックのカリスマ「シド・ヴィシャス」の言葉ですが、自分たちの存在価値をここまで言い切れるのはかっこいいですよね。
このようなポジティブな考え方は見習うべき点が多いはずです。