キルケゴールの名言集
キルケゴールは「絶望」をテーマにした哲学者です。
彼が書いた「死に至る病」はとても有名な本ですよね。
キルケゴールの考え方を理解すれば、ネガティブ思考を打破することができ、人生を前向きに生きれるはずです。

しばらく二人で黙っているといい。
その沈黙に耐えられる関係かどうか。
友人でも恋人でも「沈黙を苦痛に感じるか?」というのは、非常にわかりやすいモノサシだと思います。
それが問題ないような人間関係を作りましょう!
女というのは泣かせてやらなければならない。
泣き抜くと泣くべきものがなくなって、あとはすぐに忘れてしまうものなのだ。
ポリコレ的な感覚で言うと「男尊女卑」と言われますが、一般的に女性は男性よりも感情的だと言われています。
それをポジティブに捉えると「前向き思考」になると思います。
人間とは奇妙なヤツだ。
自分が持っている自由は決して使わないのに、いつも自分の持っていない自由を望む。
隣の芝生は青く見えるものです。
このような矛盾が人間らしいですよね。
人を誘惑することのできないような者は、人を救うこともできない。
何かを始める場合、まずは相手に自分の事を知ってもらう必要があります。
つまり魅力的な人間でなければいけないのです。
行動と情熱がなくなると、その世界は妬みに支配される。
行動するためには情熱が必要です。
その行動によって情熱は解消されるのですが、それと同時に満足感を得ることもできますよね。
そのプロセスがなければ満足感が得られないので、妬みだけが積もっていく羽目になります。
臆病の虫に取り憑かれると、その人は良きことを行わなくなる。
失敗することを恐れると、行動できなくなります。
行動する勇気を持ちましょう!
信念は理屈をも超越する。
理屈というのは「屁理屈」のことです。
できない理由や、やれない理由を並べたらキリがありません。
それを突破する為には、強烈な信念が必要だと思います。
この言葉は、とても勇気をくれる名言だと思います。
私に欠けているのは、私は何をなすべきかということについて、決心がつかないでいることだ。
意思決定する為には勇気が必要です。
なぜかと言うと、何かを捨てなければいけないからです。
しかし、意思決定できなければ前進することができません。
意思決定する勇気を持ちましょう!
ショーペンハウアーの名言集
ショーペンハウアーは、感情や欲望が世界を形成していると考えていました。
その結果、お互いの感情や欲望がぶつかり合い、全ての人々が絶望感を抱えて生きていると考えたのです。
つまりショーペンハウアーは「生きることは苦しいのが当たり前」という前提に立っていたのです。
そのような前提に立った上で、どうすれば幸せに生きれるかを追求した人物がショーペンハウアーです。
全ての人間は、他人の中に鏡をもっている。
人間は他人と関わらず生きていくことができません。
- 他人からどう見られているか?
- 人からの評価はどうなのか?
というのを常に考えているのです。
我々は他の人達と同じようになろうとして、自分自身の3/4を喪失してしまう。
3/4という数字の根拠は知りませんが、この考え方は確かに正しいと思います。
社会性を求める上で、他人と協調性を持つことは必要不可欠だと思います。
その作業の中で、自分の主体性は失われていき、他人と歩幅を合わせられる人が良しとされてしまいます。
富は海水に似ている。
飲めば飲むほど乾く。
物欲は限りがありません。
有形の資産を求め続けても、キリがないのです。
人生を豊かにして、幸せになるためには、無形資産(人脈、経験、能力など)を求めた方が良いと思います。
熟慮を重ねることによってのみ読まれたものは、真に読者のものとなる。
ショーペンハウアーは下のようにも言っています。
「食べ物は食べることによってではなく、消化によってわれわれを養うのである。」
つまりどれだけ内容を噛み砕き、どれだけ内容を消化できるかによって、読書の質は変わってくるのです。
推理する能力を持っている人はたくさんいるが、判断する能力を持っている人は少ししかいない。
推理は結果から導き出すので、リスクを伴いません。
しかし判断には不確実性があるので、リスクを伴うのです。
人生の幸福にとっては、我々のあり方、すなわち人柄こそ文句なしに第一の要件であり、最も本質的に重要なものである。
人柄というのは抽象的な言葉かもしれませんが、もう少し突っ込んだ話をすると「誠実さ」だと思います。
常に「誠実さ」だけは貫きましょう!
運命がカードを混ぜ、我々が勝負する。
この言葉はギャンブラーっぽい名言ですよね。
自分にできることは、与えられたカードだけで勝負し、人生を勝ち抜いていくことなのです。
カントの名言集
カントの著書といえば「純粋理性批判」ですよね。
最も難解な哲学書のひとつに数えられている名著ですが、カントが追求したのは人間の主体性や自由についてです。
どうすれば人間らしい生き方ができるのかを追求したのです。

我が行いを見習えと、誰にでも言え得るよう行為せよ。
自分の行為が正しいと言い切れるなら、その生き方全てが善であると言えるはずです。
無責任とは良心の欠如ではなく、自らの判断を変えないことに固執することである。
本当は薄々間違っていることに気付いていても、その判断を変えないことは無責任ということです。
笑いは消化を助ける。
胃酸よりもはるかに聞く。
これはお笑い事務所の経営理念にありそうな格言ですよね。
すごくシンプルに考えた場合、笑顔が溢れる日常を過ごしている人は、きっと幸せだと思います。
生きる上で悩みは尽きませんが、笑えば悩みなんて消し飛んでいくのです。
苦しみこそが、活動の原動力である。
活動の中にこそ、我々は生命を感じる。
小難しい言い回しですが、要するに「行動することは生きがいになる」ということです。
人間は何か課題感を感じるから行動に移します。
それは現状を改善しようという「前向きな行動」なので、生命力が強いと言えるのです。
成功に至る第一歩は、自分の心が何を望んでいるかを見つけ出すことです。
この名言で伝えたいことが、カントの追求していた哲学です。
自分で物事を主体的に考え、主体的に行動する生き方を推奨したのです。
お互いに自由を妨げない範囲において、わが自由を拡張すること。
これが自由の法則である。
カントが考える自由とは、社会性のある自由でした。
周りを気にしない自由な行動は、時として迷惑行為と捉えられたり、身勝手な行為と言われるのです。
なので、周りの自由を保証しながらでしか、自分の自由は表現できないのです。