井川意高の名言集21選!大王製紙元会長の人生格言まとめ

井川意高(いかわ もとたか)は東京大学法学部を卒業後、家業である大王製紙へ入社します。

その後は大王製紙社長、会長を歴任した、大王製紙の創業家3代目経営者です。

大王製紙の会長を務めていた頃、子会社を通じて106億円もの大金を借り入れ、それをカジノ(賭博)で使った特別背任容疑で東京地検特捜部に逮捕され、懲役4年の実刑判決で拘置所へ入り、2016年に仮出所しました。

とんでもないビジネスエリートが、とんでもない金額をカジノで使って大転落したので、世間的にも注目されましたよね。

出所してからは自伝本を出版したり、メディアでは歯に衣着せない物言いが人気を博しており、経営者向けの井川塾を主催したり、オンラインサロンにも数多くのファンがいると聞きます。

そのような波乱万丈の人生を送ってきた人物なので、貴重な経験をたくさんしているはずです。

そこで今回は、井川意高の名言集をご紹介したいと思います。

仕事やビジネスにも活かせる格言が多いので、ぜひご覧ください!

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井川意高の名言集まとめ

井川意高の名言1

上場企業の経営者の息子だったとはいえ、皆さんが想像するほど華やかな学生時代ではなかったと思う。

井川家は大王製紙の創業家(井川意高の祖父が創業者)なので、一般的には大金持ちに分類されると思います。

しかしお小遣いが無制限にもらえることはなく、甘やかされることも一切なかったそうです。

どちらかといえば、むしろかなり厳しいしつけを受けていたようですね。


井川意高の名言2

東大への進学は、私が大王製紙の経営者を継ぐための第一ステップだった。

井川意高は東京大学法学部を卒業していますが、それは将来的に大王製紙を継ぐ可能性があったからです。

大王製紙は大企業なので、もちろん学歴優秀な人がゴロゴロいます。

そのような状況の中「創業家出身だから…」という理由だけで会社を継ぐのは無理があるので、きちんと実力があることを示す必要があったのです。


井川意高の名言3

1mの落下が「一命取る(いちめいとる)」

井川意高は製紙工場での勤務経験があるのですが、「1mの高さの作業を馬鹿にしてはいけない」と語っています。

それぐらいの高さでも頭から落ちれば、人は命を落とす危険性があるのです。

これは井川意高が最初に配属された三島工場で学んだ教訓みたいです。


井川意高の名言4

決して華やかではない現場の仕事を皮膚感覚で学び取る経験は、後に経営者になってからとても役立った。

井川意高は、東京大学を卒業したと同時に大王製紙へ入社しています。

そのまま出世して社長に就任するのですが、一番最初の頃は現場仕事をしていたので、その経験が後々とても役立ったそうです。

やはり現場経験のない『外部招集されたプロ経営者』よりも、『叩き上げの経営者』の方が現場に精通しているので、結果的に企業のポテンシャルを最大化できるのだと思います。

井川意高は「組織が人で動いている以上、そこで働いている社員が有する価値観を知っておかなければ、トップの人間が会社を正しい方向に導くことはできない」とも語っています。


井川意高の名言5

大企業であろうが中小企業であろうが、経営者であれば誰でも資金繰りの苦しさは経験があると思う。

会社経営では、本当に資金繰りに悩まされます。

だからこそ資金調達の手段は最大化しておくべきだと思いますし、それを実現させるのも経営者の仕事の一端だと思っています。


井川意高の名言6

営業の仕事は、請求額を1円残らず回収して初めて完結するのだ。

営業職として働いていると、相手の悪意があるかどうかは別として、一度ぐらいは取引先が倒産したり、飛んでしまって未入金になった経験があるはずです。

しかしそれでは営業としての職務を全うしていることにならないので、そのような事態を万が一にも想定しながらリスクヘッジすることが重要だと思います。


井川意高の名言7

商売は戦争なのだ。

本当にこの名言の通り、熾烈な戦いだと思います。

しかも勉強のように「ただ頭脳を使う」だけでなく、人脈やコネクション、様々なセールステクニック、大胆なマーケティング、他社を出し抜く奇抜なアイデア、圧倒的な行動力など…

これら全てをフル活用しなければ勝つことができません。

そしてこれらを実践できる人は『背水の陣を取った、肝の据わったビジネスパーソンだけ』だと思います。


井川意高の名言8

ラクして利益を出せるほど、ビジネスは甘くない。

誰でも「ラクに利益を出したい」と考えますが、現実はそんなに甘くありません。

井川意高も現場で働いていた頃は、かなり泥臭く営業していたようですが、ことごとく実績を出し続けました。

とにかく勝つためには、競合他社よりも考え抜いて、圧倒的な行動力で勝ち上がるしかないのです。


井川意高の名言9

ビジネスは根性論で語っていても仕方がない。

もっと冷静に数字を分析して、ロジカルな戦略を組み立て、それを実行することで問題は解決されていきます。

日本経済は衰退傾向なので、もはや「頑張ればなんとかなる!」という昭和堅気な気合い&根性論では通用しないのです。


井川意高の名言10

私はいつも「5 W 1 H」ならぬ「5 W 2 H」を心がけていた。

5 W 1 Hとは「When:いつ」「Where:どこで」「Who:だれが」「What:何を」「Why:なぜ」「How:どのように」ですが、ここに井川意高は「How much」か「How many」を加えていたそうです。

なぜかといえば。ビジネスにおいては「いくら?」「いくつ?」という具体的な数値が重要になってくるからです。


井川意高の名言11

大切なのは結果がよかろうが悪かろうが、自分の頭で考えて仕事をする姿勢だ。

自分の頭で考えるということは「改善する」ということです。

それをし続ける限り、継続的な成長ができるはずです。


井川意高の名言12

離職率が高い部署は、管理職の面倒見が悪いケースが多い。

部下の面倒見を良くするために、管理職の負担を極力少なくして、若手社員にはあえて大きな仕事を任せていたそうです。

それは人材育成にも繋がるのですが、組織を強くするためにはこのような「仕組み作り」が重要になってきます。


井川意高の名言13

ビジネスとは数字の世界だ。

概念論や抽象論、ましてや根性論や精神論などではない。

概念論、抽象論、根性論、精神論などでまかり通っていたのは高度経済成長期までです。

そのような恵まれた時代は、日本経済全体が上昇していたので、どんな業種・業界であっても、どのような無能経営者であっても、すべからく恩恵を受けられたのです。

しかし現代は変化の激しい時代で、朝令暮改は当たり前、弱肉強食の資本主義が出来上がっています。

なので俯瞰的に自分(又は会社)を見れて、ロジカルに物事を考えられる経営者だけが生き残るのだと思います。


井川意高の名言14

会社はあくまで、仕事をするために人間が集まっている機能集団です。

井川意高の持論は「会社内の全員と仲良くする必要はない」というものです。

もちろん仲が良いのに越したことはありませんが、あくまでも仕事の目標を達成するコミュニケーションさえできれば最悪OKなので、そのようなマネジメントを心掛けていたそうです。

マネジメントに悩んでいる人は、「経営学の父」と呼ばれるP・F・ドラッカーの本を読んでみてください。

ピーター・ドラッカー「マネジメント」
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井川意高の名言15

夜の社交界で気づいた人間関係が、後々思わぬ潤滑油となってビジネスに役立っていくのだ。

井川意高は若い頃(20代)から、仕事の延長線上で銀座や六本木に出向いて、有名経営者(40~50代)と毎晩飲み歩いていたそうです。

しかしそれはあくまでも『仕事の一環』なので、それが人脈となって、結局は大きな仕事へと結びついていったそうです。


井川意高の名言16

日本人のメンタリティーは「努力しています」という言い方をやたらと好む。

どれだけ努力していても、他に結びつかなければ仕事では意味がありません。

そのために重要なのは「正しい努力」をすることです。

それさえ間違ってなければ、必ず結果は出るはずです。


井川意高の名言17

偶然性と勘頼みのバカラは実にエキサイティングなギャンブルだった。

井川意高といえばギャンブルですが、実は小学生の頃から麻雀を始めて、中学生の頃には麻雀荘に出入りしていたそうです。

他にもブラックジャックなどのトランプゲームや花札など、ある程度は頭脳を使うギャンブルばかりをやってきたので、運頼みの”バカラ”はとても新鮮に感じたそうです。


井川意高の名言18

サラリーマンであろうがフリーランスであろうが、人は多かれ少なかれストレスや悩みを抱えている。

ストレスのはけ口がアルコールやギャンブルになってはいけません。

なぜかといえば中毒症状があるからです。

中毒性がなく、自分なりにリフレッシュできるやり方を模索しましょう!


井川意高の名言19

大王製紙で仕事をしていて「楽しい」と思ったことは、実を言うと一度もない。

井川意高は一流のビジネスパーソンなので、この発言は意外な事実ですよね。

日本代表する大企業の社長・会長職を歴任した絶対的権力者なので、まるで王様のように振る舞える気がしますが、想像を超えるプレッシャーを常に抱えていたので「仕事は苦痛で仕方がなかった」と語っています。

大王製紙を辞めてから、周りから「性格がずいぶん明るくなった」と言われるそうです。


井川意高の名言20

結果を残そうと常にギリギリまで誰よりも考え抜いた。

  • 創業家出身
  • 20代で会社の役員

井川意高は会社の跡継ぎとして期待されていた人物なので、その分やっかみも多かったようです。

それらを吹き飛ばすために、がむしゃらになって働いたと語っています。


井川意高の名言21

10人の味方を作るよりも1人の敵を作るな。

これは大王製紙創業者である井川伊勢吉(井川意高の祖父)の人生格言ですが、この言葉を今でも大切にしているそうです。

まとめ

ここまで井川意高の名言集をご紹介してきました。

井川意高は仕事で結果を出し続けた『優秀なビジネスパーソン』だと思いますが、ギャンブルが好きすぎて足を踏み外してしまった印象です。

しかし優秀な人物は、たとえ失敗したとしても、何度でも自力で這い上がってきます。

その典型例が、ホリエモンことを堀江貴文でしょう。

ホリエモンの名言集も是非ご覧ください!

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