
フランツ・カフカの「変身」といえば、世界的な名著として有名ですよね。
一流のビジネスパーソンであれば「お客様も一流」なので、このような文学に親しむことも必要だと思います。
そこで今回は、フランツ・カフカの「変身」が魅力的な理由を、その内容から考察してみたいと思います。
作中に出てくる言葉を抜粋したので、まだ「変身」を読んだことがない人でも、きっと興味を持つはずです。
冒頭から結末までまとめたので、ネタバレを含みますが、ぜひ最後までご覧ください。
フランツ・カフカとは?
フランツ・カフカは、1883年チェコスロバキアのプラハに生まれました。
裕福なユダヤ商人の長男として生まれたので、その生活はとても豊かだったそうです。
しかし父母が忙しかった為、とても孤独な少年時代を過ごし、それが「ユダヤ人」という家系と重なったため、カフカは常に社会的孤独を感じていました。
大人になったカフカは”労働者災害保険局の役人”となりますが、勤務は午前中だけだったので、午後は帰宅して自分のやりたかった文学と向き合うことができました。
カフカ自身は「作家が天職だ!」と感じていたため、このような環境をとても喜んでいたそうです。
しかし、絶対的な存在である父親から「午後は仕事(=父親の仕事)を手伝うように」と言われ、徐々に自分の好きな文学と向き合う時間が減っていってしまいます。
カフカは生涯を通じて常に父親と対立することになりますが、仕事だけでなく日常生活や、結婚、その他様々なことまで干渉する父親をとても嫌っていました。
この辺りの関係性が「変身」の中身にも反映されてるそうです。

フランツ・カフカ「変身」のあらすじ
「変身」は不条理文学の”最高傑作”だと言われていますが、これが出版されたのは第一次世界大戦(1914年~1918年)真っ只中の1915年です。
カフカは現代実存主義文学の先駆者だと言われており、その代表作である「変身」はとても奇妙な小説だと言われています。
なぜかと言えば、「変身」はその書き出しから読者を一気に本の中へ引きずり込むからです。
ある朝、グレゴール・ザムザが何か気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の上で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した。
主人公であるグレゴール・ザムザが、いきなり「虫」に変身するところから物語は始まります。
しかも「なぜ虫になったのか?」ということは全く説明されることがなく、周りの家族もそれを不思議がるどころか受け入れてしまう状態で物語は進んでいきます。
ちなみに、主人公であるグレゴール・ザムザの職業は「外交販売員=セールス」なので、営業職の人にはきっと親近感が湧くはずです。
どうやら「押し売りするのが嫌だ!」という気持ちが、自分のことを虫(=外に出れない状態)にしてしまったのかも知れませんね。
実は「主人公であるグレゴール・ザムザはフランツ・カフカ本人だ」とも言われており、とても奥深い内容になっているのです。
このように、かなり突飛な設定なので「???」が止まらない読者は混乱してしまいますが、答えがない文学が故に、様々な解釈ができる部分はとても楽しく感じるはずです。
この物語は執筆から3年ほどで出版されていますが、カフカ本人は「とても読めたものではない結末、ほとんど細部に至るまで不完全だ。」と愚痴をこぼしています。
仕事が忙しくて創作に費やせる時間が少なかったため、カフカは変身を「失敗作」と評価しているのです。
作者である「カフカ自身の評価」が世間の評価とは真逆なので、この辺りも面白い部分ですよね。
「変身」に出てくるカフカの名言(セリフ)まとめ
もう少々眠って、こういう途方もないことを全て忘れてしまったらどうだろうか。
これは主人公であるグレゴール・ザムザが”虫”になったことを自ら悟った時の言葉です。
「自分が虫になってしまった」という不条理に出くわしたグレゴール・ザムザは、いっそのこと寝て忘れようとします。
できないサラリーマンみたいな行動なので少し面白いですが、この行動は死生観を連想させるので、どうやらカフカは生きることに対して悩みを抱えていたのでしょう。
やれやれ俺はなんという辛気くさい商売を選んでしまったんだろう。
グレゴール(=カフカ本人?)は外交販売員という仕事をとても嫌っていました。
顧客のわがままに付き合い、列車の発車時刻に振り回されて、主体的な人生が送れない仕事に嫌気がさしていたのです。
「あなたは自分の仕事が好きですか?」
この質問に対して「Yes」と答えられない人は、カフカが書いた「変身」を読むべきだと思います。

この、早起きというやつは人間をうすばかにしてしまう。
人間はたっぷりと眠らなければいけないのだ。
カフカは、無理して早起きする人間を揶揄しています。
本当は眠りたいのに、社会人は「仕事だから…」という理由で早起きしますよね。
やりたいことが自由にできない現実を、カフカは痛烈に批判したのです。
まさに、絶対的な存在である父親から「午後は仕事を手伝うように」と言われたカフカのようですよね。
グレゴールはそれに応える自分の声を聞いてぎょっとした。
無論紛れもないこれまでの自分の行為には違いなかったが、その昨日までの自分の声の中に、言ってみれば下の方から、どうしようもない、苦しそうな、ぴいぴいいう声が混じってくるのだ。
これはいわゆる「心の声」を表現した言葉だと思います。
人間には「本音と建前」がありますよね。
「苦しそうな、ぴいぴいいう声」というのは、いわゆる本音なのだと思います。
だから自分の今日の色々の在り様も実は寝起きの錯覚だったことが分かるかもしれないと彼は緊張した。
これはとても奥深い名言ですよね。
そもそも現実を証明することなど誰にもできません。
カフカは「変身」の内容について言及していませんが、一つだけはっきり語ったのは「変身のテーマは一夜の夢である」と言いました。
つまり、現実とは乖離した「自らの理想(=やりたいこと)」だとも言えます。
このように現実と理想の入り混じった物語が「変身」というストーリーを奥深くさせているのです。
今これほど自分に会いたがっている連中が自分の変わり果てた姿を目の当たりに見たらなんと言うだろうかと彼はワクワクした。
グレゴールは「目覚めたら虫になっていた」という奇妙な現象を、途中から楽しんでいる節があります。
というのも、虫の姿になったせいで仕事へ行かなくて済んだり、日常の束縛から解放され、ある意味では自由を手に入れたからです。
外交販売員は人に好かれない、よくわかっています。
大金を儲けて、いい暮らしをしていると思われているんです。
昔から外交販売員(セールス)は嫌われていたようですね。
セールスが嫌われる理由は”押し売り”をするからです。
この辺りについて知りたい人は下の記事をご覧ください。
父親は情け容赦なく、まるで野蛮人みたいにしっしっと言いながらグレゴールを追い立てようとする。
虫になったグレゴールを見た父親は、右手にステッキ、左手には新聞紙を持って、グレゴールことを追い払おうとします。
しかしグレゴールはまだ後ずさりの練習をしていなかったので、うまく逃げることができません。
そのような状況でも、グレゴールは「向きを変えるのに手間取って父親をかっとさせたくはなかった。」と語っています。
このようなやり取りは、確執があった父親とのリアルな関係性を想像させます。
下手に騒いだりせず、家の者たちを忍耐と最大の注意とによって色々な不快を忍ぶように仕向けなければならないということである。
グレゴールは虫になったので、多少は家族に迷惑がかかるはずです。
なので、出来る限り迷惑がかからないように生きようと思いますが、現実でもカフカはこのような葛藤を抱えてたのかもしれません。
ところが新鮮な食品の方はうまくなかった。
グレゴールの妹は、虫となったグレゴール・ザムザに食事を提供しますが、ザムザは全く美味しいと感じません。
それと逆に、普段は絶対に食べない残飯や、半分腐った野菜などを美味しいと感じたのです。
これは「虫」という印象を強くさせるのに役立ちますが、その一方、陰湿で病んでいる状態も伝わってくるエピソードだと思います。
これまで両親はよく妹に腹を立てることがあった。
妹を役立たずの小娘ぐらいに思っていたからである。
しかし今では妹の仕事を心からありがたがっているということは、折々の両親の話からグレゴールにもわかった。
グレゴールが虫になってから、食事など日常の世話をしていたのは妹でした。
これは皮肉な話ですが、グレゴールが虫になったことで、他の家族は仲良くなったのです。
天井にへばりついているのは気持ちが良かった。
グレゴールは虫なので、天井にへばりつくことができます。
天井にへばりついていれば、楽に息ができて、とても大きな幸福感を味わうことができるそうです。
地面と対比した天井は、「人目につかない場所=一人で自由になれる場所」という意味だと思います。
壁や天井へ逃げたりすると父親はそれをことさらの悪意と取りかねなかったので、グレゴールも今のところは床の上にいたわけである。
父親に追いかけられたグレゴールは、文字通り”床の上”を這い回りました。
床の上を這い回るという表現は、”最も格下の人”に使う表現だと思います。
この表現を使いたかったので、カフカは主人公であるグレゴールを「虫」に変身させたのかもしれません。
その時、彼のすぐ脇に何かが飛んできて、彼の前を転がった。
林檎であった。
父親は虫であるグレゴールに対して、林檎を投げつけます。
その様子を「父親は爆撃の決意を固めていた」とカフカは表現しています。
そのうちの一つがグレゴールに当たり、致命傷となる傷を負ったのです。
もう潮時だわ。
私、このけだものの前でお兄さんの名なんか口にしたくないの。
ですからただこういうの、私たちは”これ”を振り離す算段をつけなくちゃだめです。
”これ”とは、虫になったグレゴールのことです。
一生懸命世話をしてきた妹が、グレゴールのことを見限った瞬間でした。
一体どうして家の中のこんな永久の苦しみに辛抱できて。
私だってもうそんな辛抱できないわ。
虫となったグレゴールが家の中にいるということが、どれだけ家族を苦しめているか伝わるセリフだと思います。
グレゴールが部屋に入るや否や、大急ぎでドアが締められ、硬く閂(かんぬき)がかけられ閉鎖された。
家族は、グレゴールという存在に嫌気が差し、排除する動きを取り出します。
その結果、ついにグレゴールは、自室に閉じ込められてしまいました。
自分が消えてなくならなければならないということに対する彼自身の意見は、妹の似たような意見よりもひょっとするともっともっと強いものだったのだ。
これは致命傷となった傷が原因で、瀕死の状態になったグレゴールが考えていたことです。
「自分が消える(死ぬ)ことで、家族が幸せになった」という不条理を受け入れた瞬間でした。
親子3人は今日という日を休息と散策に使おうと決議した。
グレゴールが死んだ後、ザムザ夫婦とグレゴールの妹は、仕事を休んで散歩へ出掛けます。
父親は「過去は過去さ。」と言って、グレゴールの一件を忘れようとしたのです。
よく考えてみれば一家の将来もそう悪いものではないということが判明した。
「グレゴール・ザムザが虫に変身した」という呪いに取り憑かれていた一家は、とても憂鬱な気分になっていました。
しかしそこから解放され、前向きに生きる勇気を手に入れたのです。
「虫」とは何なのか?
カフカは虫のことを以下のように描写しています。
- アーチのように膨らんだ褐色の腹
- 腹の上には横に何本かの筋がついている
- たくさんの足がついているが、ひどく細い
この”虫”には諸説あるのですが、一般的には「ムカデ」のような虫だと言われています。
「なぜ虫になったのか?」という答えは明示されていないので、読者は自分なりに解釈していいのですが、一つヒントとなり得るのは、カフカが扉絵について言及した時のエピソードです。
「変身」の扉絵を書く場合、普通の人は「虫」の絵を描こうとしますが、カフカは「それだけは駄目です。それだけは良くありません。」と猛反対しています。
逆に理想としているのは「グレゴールの両親と会社上司(支配人)が閉じたドアの前にいるところ」や「両親と妹が明るい部屋にいて、暗い隣室へのドアが少し開いているところ」と語っています。
この言葉が意味しているのは「明暗のコントラスト」です。
名著と呼ばれるカフカの「変身」を紐解くヒントになるかもしれないので、ぜひ覚えておきましょう!
