福沢諭吉の名言21

お手軽に得られるものは、お手軽に消える。

世の中はよくできているので、簡単に手に入るものは貴重でなく、得るのが難しいものほど価値が高いという傾向があります。

そう考えた場合、自らの意思で困難に立ち向かった方がいいでしょう。


福沢諭吉の名言22

若いうちは、易きにつくな。

これは「若い時の苦労は買ってでもせよ」と同じ意味の名言です。

若い時に苦労した人と、楽をした人とでは、年をとってから雲泥の差が出てしまいます。

それを巻き返すのは難しいので、若いうちにできるだけたくさん苦労しましょう!


福沢諭吉の名言23

上に立つ者の基本的な考えは、世の民衆はみんな無智で、かつ善良だというところに立っている。

これはとても秀逸な名言だと思います。

この名言の中にある「無智」は「無知」ではありません。

智恵がないことを意味しているのです。

智恵と似た言葉に「知識」がありますが、知識とは「物事を知っている」状態を指します。

知識を持っているだけでは頭でっかちなので、その知識を活用して行動できることを「智恵」と呼んでいます。

よって善良な市民(=向上心があり前向きである)は、それぞれ知識を持っているが、それを行動に移すやり方を知らないという意味の言葉になるのです。

リーダー(上に立つ者)は、そのような前提で人を動かす必要があると思います。


福沢諭吉の名言24

学問は、ただ本を読むだけで事足りるものではない。

学問の本質は、学問を自分がどう活用できるかにかかっている。

学問とは知識をインプットする作業です。

あくまでも作業なのです。

重要なのはその知識をアウトプットすることです。

つまり知識を智恵に変えるということです。

福沢諭吉は、学んだ知識を活用して、積極的に行動することを推奨しています。


福沢諭吉の名言25

誹謗も弁駁も紙一重である。

  • 誹謗(ひぼう):他人に嘘の情報を吹き込むこと
  • 弁駁(べんぱく):他人の疑惑を解いて、自ら信じた正義を主張すること

SNS全盛期なので、他人への誹謗中傷が社会問題になっていますよね。

受け取った本人は誹謗中傷だと思っても、発信者は弁駁のつもりかもしれません。

世の中に絶対的な正義は存在しないので、この問題を解決するためには『普遍的な真理』について学ばなければいけないと思います。

それはつまり哲学を勉強するということです。

有名な哲学者の名言集は下の記事をご覧ください。


福沢諭吉の名言26

怨望を抱く者どもは、世間の幸福を破壊するだけで、世の中に何の寄与もなし得ない。

怨望(えんぼう)とは、自分の不平不満を満たすため、他人を不幸に陥れようと企てることです。

先ほど「誹謗(ひぼう)も弁駁(べんぱく)も紙一重である。」という名言をご紹介しましたが、ほとんどの感情は表裏一体になっています。

つまり受け取り手によって、プラスになったりマイナスになったりするのです。

しかし「怨望だけは違う」と福沢諭吉は語っています。

怨望だけはプラスになる要素がないので、絶対に持ってはいけない感情なのです。


福沢諭吉の名言27

世の中は生きているし、流動的でその変化は予測できない。

だから賢人でも意外な失敗をするのである。

失敗を恥じる必要はありません。

「失敗は成功のもと」と言われている通り、たくさん失敗した人ほど、成功する確率が高まっていくからです。

このことを、発明王のトーマス・エジソンも名言として残しています。

気になる人は下の記事をご覧ください。


福沢諭吉の名言28

世間で何かの計画を立てた人は「死ぬまでには」とか、「10年以内に成し遂げる」などと言う場合が最も多い。

「3年以内」「1年以内」という者はやや少ない。

「1ヶ月以内」「すぐに今日から実行する」という者は、ほとんど稀である。

この名言が伝えたいことは「思い立ったらすぐに行動しろ!」ということです。


福沢諭吉の名言29

何を信じ、何を疑うか、選択する力が必要なのである。

現代は情報社会なので、様々な情報が溢れかえっていますよね。

中にはフェイクニュースもたくさん存在していますが、福沢諭吉はまるでこのような時代が到来するのを予知していたかのようにも感じます。

正しい情報を取捨選択するために必要なのが『学問』だと結論付けています。


福沢諭吉の名言30

独立には二通りの区別がある。

一つは有形の独立、もう一つは無形のものである。

有形の独立とは、自分で家を用意して、食べ物なども全て自分でまかなうことを言います。

つまり人に頼らず生きていくことを指します。

そして無形の独立とは、精神的な独立のことを言います。

本来目指すべき独立の形は「無形の独立」ですが、一番最悪な状態は『他人に左右されている人生』だそうです。

例えば、他人が持ってるものを欲しがったり、他人に好かれるために自分を変えてしまうことです。

このような人は「独立」から程遠い状態だと福沢諭吉は語っています。


福沢諭吉の名言31

理論と実行とは、寸分も食い違うことなく、一致させねばならない。

人それぞれ、自分の考える正義や、正しいと思う生き方がありますよね。

それと行動が伴っていなければ、人間としては未熟なのです。

身につけた学問を活かしきれない人のことを、福沢諭吉は「気の毒な人」と揶揄しています。

福沢諭吉が学問をすすめる理由

ここまで読み進めた人は、福沢諭吉がなぜ『学ぶこと』を推奨しているのかよく理解できたと思います。

明治維新が起こってから、日本では民主政治が主体となりました。

つまり国民が政治家を選び、その政治家が立法を行い、作られた法律を国民を守るという、双方の契約関係が出来上がったのです。

それ以前の日本は幕府がすべてを決めており、「切捨御免」という文化も根付いていたため、武士の方が位が高いというのが当たり前でした。

切捨御免(きりすてごめん)

江戸時代に武士へ与えられていた特権の一つです。町人、農民などが武士に対し雑言(ぞうごん)など無礼を働いた場合、武士が止むを得ず切り殺しても処罰されませんでした。

そのような旧態依然の仕組みが明治維新によって180度変わったので、日本国民自らが”経営者”として国を運営する必要性が出てきたのです。

そのために必要なのが『学問』です。

知識がなければ知恵もつかないので、福沢諭吉はとにかく日本人に学ぶことを推奨しました。

つまり言われたことだけをやる、いわゆる「サラリーマン根性を捨てろ!」と言ったのです。

現代選挙の投票率は50%前後が一般的ですが、恐らくこのような状況を福沢諭吉は嘆くと思います。

『学問のすゝめ』が書かれたのは100年以上前ですが、それほどの時間が経っても日本人の半分(50%)はまだ学ぶことの重要性を理解してないからです。

自らが政治家を選び、その政治家が立法を行い、作られた法律を国民を守る…

いわゆる民主主義に対して主体的に取り組んでいる人が『2人に1人しかいない』のが日本の現状です。

このような状況は、福沢諭吉の理論を引用すると『2人に1人は法律を守る気がない(=双方の契約関係が出来上がってないから)』と言っても過言ではないはずです。

『学問のすすめ』を読んでいると、福沢諭吉は度々孔子の言葉(論語)を引用しています。

おそらくお気に入りの本なのだと思いますが、福沢諭吉ほどの知識人からしても論語は素晴らしい書物なのでしょう。

そう考えた場合、ビジネスパーソンは論語も読んでおくべきでしょう。

なので、まだ論語を読んだことがない人は、是非一度手に取ってみてください。

もし本を読んでいる時間がない場合には、論語の名言集を見るだけでも良いと思います。

続きは下の記事でご覧ください。




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